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投稿日時 2022年4月13日

見守る距離

副園長のコラムcolumn日々考えること

新学期にはいり、徐々に新入園児の子どもたちも一日の中でどういった動きをしていくのかが分かってきているようで、日に日に少しづつではありますが、落ち着いてきています。先生たちも、どうすれば子どもたちが落ち着いて生活できるのか、年少の子どもたちが戸惑わなくてもいいようにしてあげるにはどうしたらいいのかと毎日話し合いを繰り返しながら、保育を進めている姿を見るととても頼もしく感じます。そんな中で子どもたちも少しづつ泣いている子どもが減ってきていて、今では朝の登園時以外で子どもたちの泣いている声を聞くことも無くなってきました。

 

さて、そんな毎日ですが、一昨日、昨日とくるみ組・つくし組の懇談会がありました。毎年のように一日の流れやその時期の発達についての説明をしていく中で、最後に園長先生からの話と続いて、副園長の私の話となります。大体の大きな流れは先生方が丁寧に話してくれ、園長先生もその時期に必要な力の話をしていただき、「はて、最後に何を話そう」と思っていました。つい最後になると話す話題が無くなってきます。

 

そこでたちばな幼稚園で進めている「見守る」ということを少し話させていただきました。何をもって「見守る」のかということですが、私は「子どもの発信に対して適切な応答をすること」だと考えています。子どもたちは生活の中で様々な発信を行っています。「手伝ってほしい」「悲しい」「嬉しい」「楽しい」「もっとやりたい」などです。今の時期は「お母さんに会いたい」などもありますね。こういった子どもたちの出すサインをどのように受け止めるかという事が見守るにつながると考えています。

 

この子どもたちの発信を放っておくということは無視や見て見ぬふりをすることでもあり、それは「放任」になってしまいます。そうすると子どもたちはとめどなくいろいろなことをしますが当然、してはいけないこともたくさんします。そして、大人に対しての信頼が損なわれたり、逆に構ってほしくて、あの手この手でいたずらなどをすることもあります。逆に子どもが発信もしていないのに子どもに手を出してしまうのは「お節介」になります。これは子どものやる気を無くしてしまったり、他力本願になってしまったり、指示待ちという子どもにもつながってしまうかもしれません。そこで「見守る」ということが大切になります。子どもが困ったときなど、子どものサインを出したことに対して、大人が応答的に関わることで、子どもたちは大人は「困ったときに助けてくれる」という存在になります。必要な時に必要な頼り方をしてきます。この距離感こそが子どもの主体性を育むのだろうと思います。失敗しても助けてくれる安心感が子どもの主体性をより積極的に活動に向かわせます。

 

それは保育において大切になってくる「自律」にもこういった応答的な関わりが土台あることで、子どもたちは意欲を中心とて、自ら様々なことをやろうと挑戦しますし、そこでの経験によって、自分のできることが増えてきます。手を出すことや指導をすることは大切なことですが、その一方で子どものやろうという意欲や興味関心を大人が支援し支えていくことも乳幼児期に重要な関わりでもあるのです。そして、その時大人が子どもに対して関わる距離感というのは温かく応答的な見守るということが大切になってきます。